夏休みの宿題
私が小学生の頃、夏休みにまずしたことは休み中の綿密な学習スケジュールをたてることでした。
しかし日にちが経つにつれてその計画は崩れてきます。
そこでまた改めて中ごろにスケジュールを立て直すのですが、結局終盤になって宿題に追われてしまっていました。
毎日コツコツとやっていれば慌てることもありません。
信心もそうならないように毎日毎日の積み重ねが大事なのです。
一夜漬けの信心にならないようにしたいものですね。
私が小学生の頃、夏休みにまずしたことは休み中の綿密な学習スケジュールをたてることでした。
しかし日にちが経つにつれてその計画は崩れてきます。
そこでまた改めて中ごろにスケジュールを立て直すのですが、結局終盤になって宿題に追われてしまっていました。
毎日コツコツとやっていれば慌てることもありません。
信心もそうならないように毎日毎日の積み重ねが大事なのです。
一夜漬けの信心にならないようにしたいものですね。
ブログに常盤台教会の三宅先生より、先日の「なまけもののあながたうまくいく法則」についてコメントを頂きました。
有難うございました。
さて私も実はなまけものでして(笑)、初代大先生の信話集に「信心をすればこの世を極、楽に生きていくことができる」とあります。
これを読ませて頂いて「なるほど!!」と感じたところがあります。
信心とは難しく苦しく耐えることのように思われがちなのですが、信心をすればするほど楽になってくるものなのです。
そこにたどりつくためには自分で「朝参りをする」といった目標を作り、周囲に宣言をするとか、ご結界でお取次を頂くところから始めることが良いと思います。
それが人の目からだんだん神様の目を意識してくるようになると次のステップに進めるのだと思われます。
続けるための「強制力」は神様からとなれれば信心も進んでいくと思います。
早くこの世の極楽にたどり着きたいものです。
玉水教会初代大先生の信話集に次の例え話が載っています。
仏教の厳しい行があり最後に深い谷川に架かる幅約50センチの橋を渡るというもので何人もが何年も渡れず手前の小屋で暮らしていたところ、ある若い僧がいとも簡単に渡って尚且つ戻ってきたというのです。
そこで渡る秘訣を聞いてみると幅30センチの帯を広げてここを通ってみよと言います。
これができれば更に20センチ広い橋が渡れないはずはないのです。
ですがそこには恐怖心があり、そこは仏様を信じて絶対に落ちないと思うしかないとのことでした。
最後には信じきれるか信じられないかの違いなのですね。
以前「面倒くさがりやのあなたがうまくいく法則」という本を紹介しましたが、その第二段として「なまけもののあなたがうまくいく法則」という本が出ました。
同じ本田さんという方が書いています。
その中で何か始めるときの「動機付け」は自分の内部から、続ける為の「強制力」は外部から。
それを組み合わせると「なまけもの」でも続けられるとあります。
信心でも問題を解決したいという動機付けがあって参拝し始め、周囲の方のサポートによって続けていくケースが多いようです。
興味のある方は是非買って読んでみてください。
今朝は久しぶりに太陽を見た感じがします。
九州北部や山口では記録的な豪雨に見舞われており、未だに梅雨が明けていません。
これで思い出すのは平成5年の私が学院にいた時です。
この時もなかなか梅雨が明けず結局冷夏で米不足となり、タイや中国から輸入しなければならなくなりました。
学院でも米を補うため毎朝おじやを頂いたのです。
これはこれで美味しかったのですが、それでもお米や作物の有難さを改めて感じた年でした。
今年はそうならないことを祈らなければなりませんね。
今日は広島平和集会が中区民文化センターで開催されます。
この広島平和集会は原爆投下された年の秋に執り行われた教祖大祭に併せて原爆で亡くなられた方の慰霊祭をお仕えしたのが始まりとなっております。
それから長年をかけて様々な変革があり現在に至っているのです。
このような催しを長年開催しておりますとどうしてもマンネリ感というものが起こってきます。
そういう時にこそもう一度最初の原点に帰ってもともとの意義を考え直すことが大切になるように思われます。
昨日は玉水親教会の道輝教師会研修会で吹田にあるアサヒビール工場を見学してきました。
甲子園球場4個分の広大な敷地に様々な行程でビールが製造されていきます。
吹田工場は最新の工場でほとんどが機械で管理されているため、原材料の段階から製品のトラックへの積み込みまでの工程で人の姿を見ることはほとんどないということです。
またエコにも配慮されており、製造工程で出るゴミはリサイクルされるか他の製品に転用されるため全く無いということです。
天地の神様が作られたもので無駄なものは何も無いということですね。
世界各地ではいまだに紛争の絶えない場所が沢山あります。
勿論北朝鮮もそのうちの一つになるのですが、日常的にテロや空爆が続いている中東地域では戦争状態と言っても過言ではないと思います。
それにより多くの罪もない子供たちが犠牲になっていることも事実なのです。
私達からすれば遠い国のできごとなのかも知れませんが、同じ地球上であることに変わりなく、いつ日本もそういった事態になるかもしれないのです。
唯一の被爆国である私たちは、対岸の火事ではなくしっかり同じ神様の氏子として世界平和を願わせて頂きましょう。
パソコンを購入した時から使っていたマウスの反応がにぶくなり、使うたびにストレスを感じておりました。
そこで新しいマウスを買いに行き、使えなくなったマウスをお店で何気なく処分してもらったのです。
帰りながら「長く使わせてもらった御礼も言わずそのままお店に置いてきたのはマウスに対して申し訳なかった」という思いがしてきました。
勿論家に置いていても使えないのですが、せめてしっかりお礼の心を持つべきだったと後悔したのです。
使えるときには使っておいて、使えなくなると何も考えずに捨ててしまうのは良くないですね。
長年使わせて頂いたお礼の心を持ちたいものです。
信話集で書置きをして出て行ったご主人に対して初代大先生は「心配せずに寝なさい」と仰っておられます。
死にに行ったご主人を心配するのは当たり前だと思うのですが、人の心はどうやっても変えることはできません。
だからこそ神様に一心にお願いをする必要があるのです。
ただお願いをして心配をするのは本当のお願いになっていないから、夜は寝て待つくらいの気持ちでいなさいということなのです。
このお話しは4日後に仙台で見つかり警察から引き取りに来るようにとの連絡があったそうです。
どれだけ神様にお任せできるかですね。
幼稚園年長の次女がずっと風呂で洗髪をする時に、頭からお湯をかけるのを嫌がっていました。
ところが先日急に「かけても大丈夫」と言ってかけてみたところ結構平気だったようです。
それから毎日お湯をかけるようになったのです。
このように成長する過程では壁があります。
しかしその壁を乗り越えると今までの苦労は何だったのだろうかと思えるくらいになれるのです。
信心も同じように一つ一つその壁を乗り越えていくことが大切なのです。
2日後の22日の午前中に皆既日食が日本で観測できるようです。
完全な日食は奄美諸島近辺に限られるようですが、西日本各地では部分日食が見られるようです。
残念なことに観測用のサングラスがすでに売り切れていて直接見ることは難しいのですが、木漏れ日も日食によって三日月状になるようです。
日本で観測できるのは46年ぶりとのことで、私が生まれる約2ヶ月前に北海道で見られたということです。
ただ当日の天気がどうも曇りとなっており、せっかくの天体ショーも雲に遮られてしまうかもしれませんね・・・。
今日は「全教勢を揃えて社会奉仕の日」です。
広島県西部教会連合会では朝7時から平和公園の清掃を行いました。
平和公園はかなり清掃が行き届いているのであまりゴミは落ちてはいないのですが、それでも落ち葉が所々にあり綺麗にさせて頂きました。
最近平和公園で多く目にするのがホームレスの人達です。
核兵器を無くすことだけが平和ではなく、このような貧困層を無くすことも平和につながると思うのです。
真の平和を達成できるよう祈らなければなりませんね。
野球を見ていますとよくサイン違いとかサインミスという言葉を聞きます。
これは監督が選手に送りバントなどのサインを出すのですが、それを見落としたり、取り違えをしてしまった場合に起こるのです。
結果はゲッツーなどほとんど悪い状況になってしまいます。
これと同じように私たちは神様からのサインをちゃんと見て実行することが大切なのです。
中にはそのサインを分かっていながら、自分は送りバントよりヒッティングに出るという方もいるようです。
これでは良い結果が生まれるはずがありませんね。
今日は朝から雨となっています。
雨が降ると朝ウォーキングができません。
以前は面倒臭かったので歩かない言い訳にしていたのですが、最近は残念だという気持ちに変わってきました。
やらされているとか、やらなければという気持ちだとなかなか心も体も前に進んでいきません。
しかし同じことでもやりたいという気持ちになると後ろから押してくれるのです。
お陰で約3ヶ月経ち、体重もほぼ65~66キロで落ち着いています。
この調子で引き続き頑張っていきたいと思います。
昨日テレビで長野県下條村の伊藤喜平さんという村長さんが紹介されていました。
今5期目を迎えているのですが、就任してから大きな変化が起こったのです。
それは過疎に喘いでいた人口が増え、更に出生率も全国平均の倍はあるのです。
その策とは道路工事など村民でできることは村民でやることで村の財政を切り詰め、そのお金で若い人たちが好むような村営アパートを何棟も建てて入居させたのです。
また子供の医療や就学費を軽減したり無料化するといった優遇措置をとった結果そうなったのです。
勿論そこに至るまでは紆余曲折はあったのですが、最後はやればできるということだと思います。
驚いたのは訪れた幼稚園の園児の一人が村長を見つけて「うちの家の上にある道路にひびが入っているから直してください」と言っていたことです。
こんな風通しの良い暮らしがしてみたいものですね。
昨日蝉の声を聞いたと思ったら、今日は全国的に気温が上がり、各地で軒並み35度以上の猛暑になるようです。
熱中症には十分気をつけたいものですね。
まず大事なのは水分補給です。
考えてみれば私の高校時代は陸上部だったのですが、練習中に水を飲むことを禁じられていました。
今ほど暑くなかったとは言えとんでもないことだったと思います。
今は試合中でもちゃんと水分を補給するように指導されています。
逆に我慢するということが減っているように感じます。
科学が進むと精神的には弱くなっていくのかもしれませんね。
今朝ウォーキングをしていましたら、近くの公園で蝉の鳴き声が聞こえました!!
もう自然の中では夏になっているようです。
ちなみに蝉は時間帯によって鳴く種類が違うのはご存知でしょうか?
午前中に鳴くのがクマゼミ。
午後はアブラゼミやツクツクホウシ。
朝夕がヒグラシとなっているようです。
また同じ夏でも時期によって種類が変化するようです。
ただ暑いと思うだけでなく、自然の変化を楽しんでみるのもいいですよ。
昨日は下の子の幼稚園で恒例の「夕涼み会」が行われました。
毎年この時期に行われ、盆踊りや夜店や花火があります。
子供たちも浴衣を着て参加するのです。
実はこの幼稚園はキリスト教系なので、催しの前と後には必ず園児による「お祈り」があります。
手を組んでうつむいて神様にお願いやお礼を申します。
幼稚園の頃からこういう習慣がつくことはとても大切だと思います。
ただほとんどの園児は卒園すると忘れてしまうようです。
勿論宗教の違いはありますがお願いやお礼は大切な習慣ですね。
昨日は寝不足ではありましたが、何とかご本部参拝をさせて頂くことができました。
昼食を摂ってからの帰りが眠くなるように思っていたのですが、意外と行きの方が辛く感じていました。
心で「金光様」と御名を唱えながら慎重に運転をしていたところ、眠くなりかけるとハッとさせられることがあり「これは金光様が眠気を取り払ってくださっている」と感じられたのです。
教祖様は「願う氏子のところにはどこでも行ってやる」と仰せられています。
是非何かあったときには「金光様」とお呼びしてみては如何でしょうか。
きっとお陰を蒙らせていただけますよ。
昨日は夜大阪から車で戻ってきました。
日付が変わる12時を過ぎて広島のインターチェンジを出ると土曜日となり高速料金が休日割引の1000円でした。
何だかとても得をした気分になります。
また今日もご本部参拝にこれから行くのですが、やはり休日割引で往復2000円で行かせて頂きます。
こうやって安価で便利に参拝することができ、更に大きなお陰になるのですから一挙両得です。
是非休日にご本部参拝をすることをオススメいたします!!
初代大先生は「神様の懐に手をつっこむ」という表現をされています。
これは願ったら願っただけお陰をくださるということです。
ただその願いが神様の願いに叶っていなければなりませんし、願った私達もしっかり役前を果たす必要があります。
例えば大金持ちになりたいという願いを持っても、その大金を何に使うのかが問題となります。
お金があれば贅沢になるものです。
それより必要なときに必要なだけ頂くと贅沢はできません。
ご主人である神様がしっかり判断をしてその分をくださるのです。
神様にお願いをさせて頂くのですが、途中でどうしても人間考えや計算をしてしまい、「お医者さんがこう言っているから」とか「このままでは支払いまでに幾ら足らない」とか思ってしまいます。
初代大先生は「願ったら最後まで計算をせず願いきれ」
「心配や算段は期限がきてからすればいい」と仰っておられます。
それまでに心配するということは神様に任せられず自分で何とかしようとすることなのです。
一度お願いしたら心配することなく最後まで願いきることが大切ですね。
初代大先生の信話集に大阪相撲の関取の話しが載っています。
「明日戦う相手は自分よりも大きく、体重も重く、巧者で力も強い難しい相手ですが勝てますように」とのお願いに初代大先生は
「それは無理やな。戦う前からもう負けておる」と仰いました。
「いくら弱い相手に勝っても人気は上がらない。
強い相手に勝ってこそ値打ちがある。
だから強い相手と戦うことがお陰だと思って、しっかりお願いして勝たせてもらいなさい」とのお言葉を頂いて勝ったということです。
何事も戦う前から負けていては勝負にならないのです。
今日は七夕ですね。
幼稚園では短冊に願いを書いて笹に付けていました。
初代大先生は「神様に祈りの伝票を出しなさい」と仰っておられます。
これは短冊よりももっと具体的に更に詳細な伝票のように願うことが大切だということです。
例えば支払いがあるとすれば、「○月○日にどこどこに、いくらいくらの支払いがありますのでお支払い頂きますように」という感じです。
漠然と「支払わせてください」では神様もお困りになると思いますよ。
昨日は生神金光大神月例祭の後に信徒大会を開催しました。
いつもなら信徒の講師をお招きしてお話を聴くのですが、今回は趣向を変えて4つのグループに分かれて発表者の話を聴き、それをもとにグループディスカッションを行いました。
それぞれ年齢や男女が混じってのグループでしたが活発な話ができたようです。
金光教では1対1の話はできるのですが、大人数の前で話すのは苦手という方が多いようです。
しかし少しずつ練習をして皆さんの前でも自分の思いを話せるようにならせて頂きたいものですね。
会話とは「話のキャッチボール」と言われ、お互い五分五分で話を聞いたり話したりするのが理想だと思います。
しかし中には一方的に話す人もいます。
また逆になかなか話さない人もいます。
お結界でも話すだけ話してこちらの言うことをなかなか聞いてくださらない方もいれば、逆に何を聞いてもなかなか話さない方もおられます。
お結界でも神様との会話のキャッチボールをしなければなりません。
「氏子の願いを聞き、神様の願いを話す」ところがお結界なのですからね。
願いっぱなしにならないようにしたいものです。
人を二種類に分けるとすると、プラス思考とマイナス思考になると思います。
同じ事柄が起こっても、プラスに取る人とマイナスに取る人がいるのです。
例えばお酒の好きな人がコップ半分のお酒を見て「もう半分しか無い」と見るか、「まだ半分残っている」と見るかの違いです。
「もう半分しかない」という人は残りをあまり美味しく飲めないと思います。
逆に「まだ半分残っている」という人は残りを楽しみながら美味しく飲めると思うのです。
どっちが得でいい人生を送れるかを考えてみると、マイナス思考の人は信心によってプラス思考に変えていくことをオススメします!!
毎朝6時と10時のご祈念には初代玉水大先生の信話集第五集のCDを聞かせて頂き、更に庚午教会では第一集を、そして夜8時のご祈念には第十二集を1週間同じところを繰り返し読ませて頂いております。
何度も何度も繰り返し読ませて頂いても、読めば読むほど奥が深くまた現代でもそのまま十分に通用する中身があります。
特に仕事をされる上で参考になるところが沢山あるのです。
是非読み込んでみてください。
必ず今の問題を解決する糸口が見つかると思います。
ようやく今朝は雨が上がって爽やかな朝を迎えました。
数日の雨で各地で被害も出たところがあるようです。
雨が降らなければ困るし、降り過ぎても困りますね。
更に勝手な思いで、できれば夜中に降って昼間は晴れて欲しいなどと思ったりします。
神様はこのような私たちの願いを一人一人聞いてくださっているのだと思うと、逆に私たちが神様の思いに自分たちの思いを合わせていかなければならないと感じます。
神様が私たちにどんなことを願っておられるか、思いをはせてみることが大切ですね。
昨日で今年の上半期が終わりました。
今日から7月に入り下半期となります。
これで今年も折り返し点を通過しました。
上半期で苦労した方は是非下半期はお陰を蒙ってください。
また上半期で楽をした方はマラソンで言う35キロ過ぎた心臓破りの丘でバテないようにしてください。
よく「人生は山あり谷あり」と言います。
また「人生楽ありゃ苦もあるさ~♪」という歌もあります。
楽なときこそ気を引き締め、苦しいときにはしっかり神様におすがりして乗り越えさせて頂きましょう。
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